2011年4月2日土曜日

苗字で「四月一日」は何と読む?


Blog110401苗字で「四月一日」は何と読む?

日本では「四月一日」は期初めで入社式が有ったり、役所や会社などでは「○○長」や社長の訓示等が有ることが多い。 正月と同じように組織や団体を何か改まった気持ちにさせたいのであろう。 話は至って平凡であり、下っ端の役人や社員にとってはつまらない行事である。

それよりは西洋かぶれなのか、社員や親子などは「四月一日」と言うと「エープリルフール」で同相手をだまそうと考えたりする。 気お付けない一日である。

今日はそのたぐいのお遊びである。 
四月一日を苗字(名字)であれば、何と読むか?
正解は次回のブログの最初に致します。

日本では1868年に明治の世となり、明治元年の初めに「戸籍法」が制定された。 それ徳川時代以前は皆さま良くご存じのように、「士農工商」の身分時代は皇族や公家以外に士族と庄屋、名主は「苗字」の使用を許されたが、1870(明治3)年に「平民」に苗字使用を許した。 翌年に「戸籍法」を制定し、1872(明治5)年に初めての戸籍調査を実施したが、まだ精度は悪かった。 人口は約33百万人であり、平民は「新平民」と区分されたが約383万人であり、「旧士族」以上は約217万人であった。 「新平民」は比率で約93%であったが、その人達が「苗字」を登録したのである。 ただし、商人、工人や豪農などは便宜上「苗字」や「屋号」を使用していたものも多かったようである。 

その時の「苗字」の登録に特徴が有ったらしい。 士族の供、庄屋・名主や豪農に仕えていた人はその主人の許可を得て、その「苗字」を名乗ったり、大きな川沿いの人は「川」としたり、地名を利用したという。
みな、いろいろ考えたが、将来に「苗字」がどういう意味をもつかを理解出来なかったものも多かったそうである。
そのような過程で派生した「苗字」であるが、最初の四月一日に類する事例の読みをあげてみる。
例:
「六月一日」は「うりはり、むりはり、くさか」
「八月一日」は「ほずみ、ほそみ、ほそみち、ほつむ、はっさく(八朔月)、やふみ」
「八月十五日」は「なかあき、あきなか」
「十二月一日」は「しわすだ」
皆さんの「苗字」の由来はいかがですか。 
私は武光誠著『名字と日本人 祖先からのメッセージ』(文春新書 1998年)を読んでから名字の興味を持つようになりました。
では次回の最初に回答が有ります。

2011年4月1日金曜日

広瀬隆著『東京に原発を!』は納得



私は25年前に3年間ドイツに滞在した経験が有るので、ドイツには興味がある。 日本ではTVや新聞にはドイツの情報が非常に少ない。 ドイツの週刊誌『シュテルン(Stern)』でも読めればいいのだろうがそれほどにドイツ語を理解できない。 又、容易に手に入らない。 従ってパソコンをたたいて、飢えをしのぐように少ない情報をあさっている。
そんな関係でドイツの原子力発電や再生エネルギー問題には興味を抱いている。 
2000年の社会民主党(SPD)と緑の党は2022年までに原発を廃止して、『脱原発』にするとは驚〄た。 あれほどの工業国をどのようにして、『脱原発』するのかと。 しかし、ここ23年の再生エネルギー計画を見ていると充分可能性が有るように思えるようになってきた。 そう思っていたら、2009年のメルケル政権は原子炉寿命を32年から12年間延長して、2022年から2034年とした。 それに対する国民の反発が327日の2州のメルケル政権に対する否認であった。
311日の大地震に誘発された東電・福島原発の放射線漏洩事故で、ドイツ駐在時のソ連のチェルノブイリ原発事故を急に思い出した。 今までに原発に関する本などを読んだことが無かったので、どんな本が有るのか調べてみた。 
いつものことでパソコンに向かっていたら、広瀬隆著『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文藝春秋、1988
という原発と関係ないような書名が有った。 
ジョン・ウェインはアメリカの大スターであった。 ジョン・ウェインの入院期間中に当時のアメリカ大統領であるジミー・カーターが見舞いに訪れた。 現職の大統領が映画俳優を見舞うのは異例であるという。
広瀬隆は仮説を立てたという。 
ジョン・ウェイン、スティーヴ・マックイーン、ゲイリー・クーパー、ヘンリー・フォンダなどのアメリカのハリウッドの名優の多くがガンで他界しているのは何故か。
1950年代にネバダ州のネバダ核実験場で多くの核実験が行われた。 核実験によって放射能が風に乗ってネバダ州、アリゾナ州、ユタ州などへ運ばれて、地上に蓄積された。 それらの州の砂漠や草原でハリウッドの西部劇映画のロケが頻繁に行われた。 アメリカの名優達は、数ヶ月もロケ地に滞在して映画を撮影していた。 俳優に限らず、エキストラや周辺の原住民の中にではガン患者の数が増加した。 また死に至った患者も多く出たという。 ジョン・ウェインもその一人であるという。
広瀬隆は原発関連の著書も多数著作している。 特にもう一冊目に付いた書名は『東京に原発を!』(1981JICC出版局、後に集英社文庫)である。
この趣旨は「原発が安全というならば、送電線建設に膨大のコストを掛けず、長距離送電による電力ロスなどの発生しないように、電力の大消費地である首都圏に原子力発電所を建設してはどうか」と指摘ざたという。
私はこの提案に同感であり、大賛成である。 データを見ると、東電の送電ロスは約5%である。 
本来、東電の電力供給域は首都圏である。 それは、今回の計画停電の区域で明白である。 新潟県や福島県は圏外である。 それにも拘わらず、東電の原発は全て供給域圏外である。 福島県、新潟県、更に2017年を目途に建設中の東通原発は青森県の下北半島である。 原発基地から消費地までの送電ロスは10%以上になるのではなかろうか。 
原発が「絶対安全」と言うならば、原子力発電所は大消費地である首都圏近傍に建設するのがベストである。 水力発電所は消費地近傍に建設できない。
今までの原発建設は大消費地から遠隔の地ばかりである。 政府、官僚、電力会社、原発推進論者、原発推進学者、原発推進ジャーナリスト達は自分たちから離れた福島県、新潟県、青森県に建設すればいいと実行してきた。
福島県、新潟県、青森県の人々はモルモット位にしか思われていない。侮辱もいい加減にしてほしい。

2011年3月30日水曜日

3月27日「脱原発」  ドイツ人の選択


327日に行われたドイツの地方選挙でメルケル連立与党であるキリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FDP)は暫定公式発表で計44.3%、対する野党であった緑の党と社会民主党(SPD)の計47.3%で58年ぶりの敗退である。 「脱原発」を主張する緑の党の得票は前回の約2倍の得票で24.2%となり、州の首相を担当することとなった。

私は約25年前、仕事で3年間ドイツに滞在した。 ドイツは日本やイギリス、フランスの様な一極集中都市を持つ国ではなく、都市分散の国である。家族を日本人企業の多いデュッセルドルフに於いて、400キロメートル南に位置する人口約60万人のシュツットガルトに駐在した。 シュツットガルトは大変美しい都市である。 高級車ベンツやスポーツカー・ポルシェの本社があり、精密機械工業の中心地である。 文学者シラーや哲学者ヘーゲルなど文化や芸術の薫り高い地である。
今回の選挙が有ったのはシュツットガルトを州都とするイツ南西部にある人口約1000万人のバーデン・ビュルテンベルク州である。 州の南には東西100キロメートル、南北200キロメートルの「黒い森」が広がり、その南がスイスに接している。 その「黒い森」の中には現代の夢の国の様な人口20万人を超えるフライブルグという小さな都市が有る。 市内の中心部はガソリンエンジンの自動車の乗り入れは認めず、全て電気自動車に乗り換えなければならない。 現在は小学校からヨーロッパだけでなく、世界中の自治体などから毎日見学者が絶えないという。 現在、脚光を浴びている環境都市の模範であるという。
この様な州であるから、環境的に不安定な文明は容認できない州民である。 このような素晴らしい大地に生きることこそ人間の理想であり、権利であると思っている。 若い人々がよりそのような環境を望んでいる。

先に述べた東西100キロメートル、南北200キロメートルの「黒い森」はドイツの産業革命後、樹木を伐採してエネルギーとした。 森林は死んだ。 州民は植林をして「黒い森」を蘇らせた。 「黒い森」を2度と殺さぬようにルールを作った。 
ヨーロッパ・アルプスを水源としてライン川はスイスで水量を増して、ドイツとフランスの国境を流れてオランダを介して大西洋に注いでいる。 第二次大戦後のスイス、ドイツ、フランスの産業の拡大と共に工業用水の汚染や人口増加による生活用水の悪化などでライン川の魚や生物が絶滅の瀬戸際まで追いつめられた。
ライン川を水域とする住民は汚染防止の対策を立て、現在は清らかな流れには多くの魚や生物が蘇った。
ドイツには、ヨーロッパにはこのような歴史によって、良い環境が人間の住む、生きるための当然の権利であり、義務であることを一人一人が良く理解している。

このような背景が有って初めて、今回の選挙結果となったのであると思う。 このブログの322日にドイツの原発問題を載せているが、月刊誌『世界』の今年の1月号に梶村太一郎氏がドイツの原発問題を掲載しているが、2000年に時の政権が2022年までに原発を停止して、廃炉化することを決めた。 2009年の選挙で誕生したメルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FDP)の連合政権は充分の議論を経ずして原子炉の寿命を32年間から12年間延長し、寿命を44年間としたことに対しての信任を問う選挙背有ったのである。 何の技術的検証もせず、国会議員の多数決で決めた政治手段を容認しなかったのである。 
これがドイツ人の国民性である。 今回、同日に選挙の有ったドイツ中西部に位置するラインラント・プファルツ州議会選挙も同じ結果が出た。 昨年(2010)5月に選挙が有った、やはりドイツ中西部のドイツ最大州のノルトライン・ウェストファーレン(NRW)州議会選挙でも敗北している。 従って、2009年成立したメルケル政権は3連敗である。 全て争点はメルケル政権の原発寿命の延長策に対する信任拒否であった。
ドイツの下院(日本の衆議院に相当)はメルケル連立与党が優勢であるが、日本の参議院に相当する上議院は野党の民主党と緑の党が優勢であったが、今回の選挙で優位性は更に高まったことになった。
日本の東電・福島原発の放射線漏洩事故は多少の追い風となったかもしれないが、基本的にはドイツ人の「脱原発」の選択の結果であると思う。

2011年3月28日月曜日

繰り返す地震と津波から何を学ぶか(1)

冠水した状態が続く農地 (3月23日現在)


吉村昭の『三陸海岸大津波』は未だ読んでいないが、今回の地震による津波に伴って三陸地方の大きな津波被害の歴史が報じられている。 古くは西暦869年の「貞観(じょうかん)津波」、1500年頃の巨大津波、1896(明治29)年の「明治三陸地震」、1933(昭和8)年の「昭和三陸地震」、1960年の「チリ地震」等が有る。
 
橙色は地震約2週間後の3月24日でも冠水状態(仙台近く)

1500年頃の地震では標高約15メートルの鎌倉の大仏の大仏殿が津波で破壊されているという。 この地震では関東より東北南部(現在の宮城県)の方が被害は大きかったという。 868年と1500年頃の津波では仙台平野の内陸部数キロまで考古学的手法で痕跡が確認されている。 
1896年と1933年の津波でも、津波の侵入程度は今回に勝るとも劣らないのではないかと思う。 1896年の津波の遡上高さは現在の大船渡市綾里地区で有るが38.2メートルという記録が有るというが、現在の調査速報では最大遡上高さが約23メートルという。 チリ地震を除いても100年間強で3度の地震であるから、40年~50年間隔と言える。

一方、技術進歩は素晴らしい。 東京のパスコという会社が人工衛星から撮影した画像をもとに、青森県から茨城県までの沿岸で津波が流れ込んだ地域を分析した。 その結果、浸水した地域は合計で約470平方キロメートル余り(シンガポール国土の50)で、東京のJR山手線の内側の面積(63平方キロメートル)の約7倍にあたることが分かった。 県別では、宮城県がおよそ300平方キロメートルで最も広く、次いで福島県がおよそ110平方キロメートル、岩手県がおよそ50平方キロメートルなどと、いずれも広い範囲に及んでいる。
また、24日に新たに撮影された宮城県南部の画像を分析したところ、大津波の直後に比べて浸水の範囲は狭くなってはいるが、依然として約70%程度の地域で水が引いていないことが分かった。 これは、巨大地震に伴って広い範囲で地盤が約1メートル沈下しているためとみられえいる。 
従って、今後の復旧作業や土地利用などに大きな影響を及ぼすことが懸念されるであろう。

1864(安政元)年に横浜を開港した時の人口は約100人の漁村だったという。 私見だが、江戸時代末期まで、海辺には人はそれほど住んでいなかったのではなかろうか。 漁船もそれほど大きくなく、小舟であり、輸送設備や保存技術も乏しい時代は収穫物の魚も地元で食する物が大半では無かったと思う。 人口の増加と共に、入り江に住みつき、職業としての漁民が漁業を定着化したように思う。
日本の人口は明治5年で約3500万人、明治30年は約4000万人であり、現在の3分の1である。
1896年の死者・行方不明者数は約22000人、今回が約3万人とすると、今回の比率の方が低い。
前者の地震発生時刻は午後7時半頃であり、今回は午後2時半過ぎである。 防災施設や避難訓練などの効果の影響かもしれない。
今回の津波の怖さは体験者自身、又その他はテレビ映像などで充分理解できたはずである。
又、防波堤やコンクリートの家屋でも今回レベルの地震による津波には無力であることが証明された。
地盤移動による地盤沈下の回復は望みえないと思う。 仮に埋め立て、健箇な防波堤を構築しても、50年前後で繰り返される可能性のある地震による津波で同じような運命をたどる可能性は否定できないかもしれない。

1970(明治3)年生まれの今野明恒は東京帝国大学を卒業し、帝大の助教授であった1905年に、今後50年以内に東京で大地震が発生することを警告し、震災対策を迫る記事を雑誌に寄稿した。 この記事は新聞にセンセーショナルに取り上げられて社会問題になり、上司であった大森房吉教授等から世情を動揺させる浮説として攻撃され、「ホラ吹きの今村」と中傷された。 
しかし1923(大正12)年に関東大震災が発生し、今村の警告は現実のものとなってしまった。 この被害に付いては省略する。


 
赤色は標高10メートル以下の仙台平野

今村は1928(昭和3)年、和歌山県に私費で研究所を設立した。 又、今村の予想通り1944(昭和19)127日午後1時半頃に東南海地震が発生し、静岡県、愛知県、三重県の太平洋岸にかけて約1230名の死者・行方不明者と家屋破壊など多くの被害が出た。 しかし、太平洋中で有った為、この事実は軍部により敗戦後まで情報管理されて極秘とされていた。 米軍は空中より被害状況を撮影していた。 私の小学校時代の友達はこの地震で負傷していたと最近伺った。
続いて、1946(昭和21)1221日の午前4時頃に南海地震が発生した。 その直後に発生した津波によって、和歌山県から高知県にかけての太平洋岸で1500人近い死者・行方不明者や家屋の破壊など多くの被害を伴った。

最初に記した1933(昭和8)年に三陸沖地震が発生した際に、地震の大学者・今村明恒その復興の際に津波被害を防ぐため、住民の高所移転を提案した。 しかし、国内での実現例は少なかったように思う。
326日、戸田公明・岩手県大船渡知事は津波で甚大な悲劇があった低地帯の木造住宅を、高台に移す意向を表明した。 また支援を菅直人首相に電話会談で支援を求めたという。
同じく同県の山田町の沼崎喜一町長も同様の趣旨で菅首相と電話会談をしたという。
地震は人力で防げるものではない。 しかし、人間の英知と努力によって津波の悲劇は最小限に抑えることは出来ると思う。 私の高所移転案に関しては改めて検討してみたい。

2011年3月27日日曜日

日本の原発研究者や地震学者達の気持

                 被災後の東京電力・福島第一発電所

325日の朝日新聞に次の様な記事が有った。 日本原子力研究所(現・原子力研究機構)で研究室長などを務めた笹井篤氏(81)は「原子力には、核兵器や事故災害という負の部分が常につきまとう。 原子力の技術は我々の世代から次の世代に引き継げたと思うが、負の部分への思考を引き継げなかったのではないのではないか」という。 
若い世代と話すと、「原発事故は起こらないという神話を、本当に信じている」ようだという。
笹井氏は日本で最初の原子炉が稼働した2年後の1959年に研究所へ入った。 国際原子力機関(IAEA)の安全性検討委員などを務め、ソ連のチェルノブイリ原発事故の現地調査にも何度も行ったそうである。

今回の福島第一原発のトラブルに関して、東電などの情報開示にも疑問を持っている。 トラブルの程度や放射線の拡がりを正確に把握することに役立つデータが出てきていないという。 「原発周辺には、電源を使わなくても作動する放射線測定機を設置することが義務付けられており、事故後からの積算の放射線量が判る。 非常時にはこのデータを回収することがマニュアルになっているのに、公表されていない」。 また、地震で原発が非常停止する前に原子燃料がどれだけ燃えていたのかを示すデータも出ていないと指摘しているとうい。

      ↑ 25日に厚生労働省から指摘されても宮崎、宮城県はデータがない

公表されていないと思われる「データ」とは県別のグラフなのだろうか。 
朝日新聞27日朝刊紙上の「27日の都道県別の大気中放射線の値」表では福島県と宮城県のデータは白紙で有った。 元ネタはWeb上で探した下記の文科省のデータであろうと思う。 やはり、福島県と宮城県のデータは白紙で有った。 福島県は測定機の電源が云々ということもあろうが、宮城県の理由は解らない。 女川原子力発電所との関係でもあるのだろうか。


           ↑ Web上のテータ  宮城県と福島県は測定値がない。      


他の一人は三菱重工業で福島第一原発とは異なるタイプの原子炉の建設や運営に携わって来た柘植綾夫・芝浦工業大学長(67)は「創成期から原子力開発に携わった研究者として、責任を感じる」という。 また、「東電が福島原発で想定したマグニチュードはM7.9であるのに、M9.0の地震に耐えて原子炉が自動停止した点では技術者として誇っていいと思う」としたうえで、「想定以上の地震と津波だった。想定以上のことが起きたことは、設計側としての責任を追及されても仕方がない」という。 そのうえで、「原発は自動停止した後も、冷却を続けなければならない。 その時に外部電源がダメになっても、ディーゼル発電で補うという設計で安全への多重性を保っていた。 この多重性が損なわれたことは『想定外』だった」と反省している。

しかし、福島原発の現在の状況を考えると許されることではないと思う。 古文書によると、9世紀(869年)に「貞観(じょうかん)津波」が有って、千人以上の死者が有ったという記録が残っているという。 仙台平野の内陸部数キロまで津波が運んだ泥が残っているのが見つかったそうである。 
福島第一原発の設計当時、この津波の実績は判っていなかった。 その後、東北電力の調査で、仙台平野の
海岸線から約3キロ地点で波高さ3メートル有ったことが分かり、1990年に報告されたという。
1500年頃に東北から関東を巨大津波が襲った痕跡を産業総合研究所が見つけたという。 この地震のことはこのブログで3月12日に載せている。 鎌倉の大仏の話である。
 
名古屋大学の鈴木康弘教授(活断層学)は今回の東北関東大震災はけして『想定外』では無いとう。 石橋克彦神戸大名誉教授(地震学)は97年に今回の事態を予見したような論文を発表し、地震の被害と、放射線汚染が広域に拡がり、救済が妨げられる事態を「原発震災」と名付け、警鐘を鳴らしてきたという。 福島第一原発は今回の地震の原因とされる「プレート境界」が有ると知られていなかった40年以上前の設計である。
石橋氏は古い原発の耐震性の見直し、新設の原発の耐震指針の見直しを90年代から主張してきたが、産業界や政府の腰が重く、耐震指針が全面改定になったのは2006年だったという。 それから新指針に照らして、既存の原発の再チェックが始まったが、「津波」より「揺れ」に対する検討が優先され、作業中に今回の「原発震災」に遭遇したという何ともお粗末な『大人災』ということになってしまったのであるという。

2011年3月24日木曜日

犯罪者用GPS監視装置

アメリカで挑戦中の女優・田村英里子
                                                  
3月初めの朝日新聞に日本であまり話題にならないと思う記事が有った。 宮城県の村井嘉浩知事が県内の性犯罪者の前歴者らにGPS(全地球測位システム)所持を義務付ける条例を検討している。 ついては今月下旬から有識者らによる懇談会の意見を聞き、条例化の最終判断をする予定であるという。 今回の大地震発生で計画はどうなるのであろうか。
大阪府の橋本知事もこの再犯防止システムの導入検討を3月初めに発言している。 法務省も2009年5月に海外の事例研究を開始すると発表している。 

再犯防止のため、このGPS(全地球測位システム)システムを執行猶予期間中や仮釈放期間中、又は懲役刑の終了者も対象に取り外せないように足などに装着して24時間監視するシステムである。 これは性犯罪に限らず、統計的に見て再犯率の高いケースが対象になるものと思う。
それに対して、東京弁護士会の約20名と共に韓国へ同行した記者の調査報告である。 韓国では1998年から検討し、2008年から実施しているという。
韓国の状況についての内容については省略するが、気になる記事は日本の弁護士会の意見は「24時間監視は抵抗感を感じる」という意見と、韓国では検討から実施まで10年かかったという情報をつかんだということである。
既に判決が決まり、懲役刑の人に対する対象については問題であろうとは思うが、被害者やその恐れのある立場の人達にとっては24時間監視して欲しいであろうし、10年なんて後に再犯防止の効果なんて理解できないものと思う。

世の中にこの様なものが有るのだと知ったのは息子のドイツの中学校の友達で田村英里子がいた。 彼女は2年前に文藝春秋社から『ハリウッド・ドリーム』と言う本を出版した。
約20年前のことであるが、帰国の翌年の1989年、映画と歌手で同時デビューし、16歳で第31回日本レコード大賞新人賞を受賞した。 
2000年に単身アメリカの西海岸へ渡り、コネなしでハリウッドに挑戦した。 その甲斐あって2007年にはアメリカ全土で放映された人気番組『HEROES/ヒーローズ』シーズン2、2009年『ドラゴンボール エボリューション』と共に主役に選ばれているという。
上記の著書の中に監視用GPS(全地球測位システム)の記事が有ったので、それ以来、再犯防止には良いのではないかと思っていた。
その本によると、アメリカの民間アパートには「ルームメイト」と言うシステムが有り、賃借料の易い所では同じフロアーには共同使用のものが有るのではないかと推定できる。 彼女が未だ悪戦苦闘中に借りたアパートにいた男性はやはり俳優志望で有ったが、有る時半開きになっている男性の部屋のドアーの隙間から、片隅で点滅する赤いランプを見たという。 疑問に思って、その後その男性を観察していると、男性の片足の足首に錠が掛けられていたという。 いつもは裾の長いパンツで隠れているので気がつかなかったが、偶然に裾がまくれていてその部分が見えたのだと言う。 
彼女は恐ろしかったが、思い切ってその理由を聞いてみたところ、答えは「ハウス・アレスト」、つまり、法を犯し、自宅禁錮処分中で有ることを自白したそうである。
足首の物は一種のGPS(全地球測位システム)であり、部屋のランプと連動しており、当局が常時彼の居場所を把握できるようにしているのだそうである。 恐ろしさの余り、すぐに部屋を見付け逃げ出したという。

 
犯罪防止監視者に装着するGPS機器

米国は1980年代から再犯防止策を採用し、90年代からGPSシステムを導入した。
運営の仕方は州によって異なるが、ペリディアン社の『ベリトラック(VeriTracks)』と言う独特なシステムを採用している。 このシステムは犯罪者に米プロ・テック・モニタリング社製の携帯電話サイズのGPS受信機をベルトに、電子アンクレットを足首に装着させる。 この2つの装置が36メートル以上離れると保安官事務所に警報が鳴るようになっている。 
米国の場合、刑務所の受刑者数は約200万人以上であり、刑務所収監者、拘束収容者・保護観察者・仮出所者数等の総数は約700万人であり、人口の2%を超える。 収容場所が足らないし、経費削減のためにはGPSを導入せざるを得ない。
海外の導入国は米、英、仏、独、カナダ、スウェーデン、韓国などである。